2/25 ヨハネの福音書12 章9 19 節「ろばの子に乗る王」 小池 宏明 牧師
私たちは、受難節の時を過ごしている。今回開いてるヨハネの福音書では、過越の祭り(いわゆる最後の晩餐)の5日前にイエス様がエルサレムに入られ、イエス様が群衆の大歓迎を受けられたことを記している。しかも、イエス様が、死んで墓に納められていたラザロを蘇生させるという奇蹟を背景に、主のエルサレム入城を記している。
*ヨハネが伝える主イエス様
ヨハネが証ししている主イエス様はどのようなお方であろうか。12 15 節「その翌日、祭りに来ていた大勢の群衆は、イエスがエルサレムに来られると聞いて、なつめ椰子の枝を持って迎えに出て行き、こう叫んだ。「ホサナ。祝福あれ、主の御名によって来られる方に。イスラエルの王に。」 イエスはろばの子を見つけて、それに乗られた。次のように書かれているとおりである。「恐れるな、娘シオン。見よ、あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。」」「ホサナ」とは「どうぞ救ってください」という意味で、詩篇118 篇25 27 節の引用である。また、「恐れるな、娘シオン。見よ、あなたの王が来られる。ろばの子に乗って。」は、ゼカリヤ書9 章9 10 節の成就である。主イエス様は、よみがえりのいのちを持っておられる平和の君(王)である。すなわち、主イエス様は、正しい方、救いを与える方、柔和な平和の王である。武力を無くして、世界中に平和を宣べ伝えるお方である。
*主イエス様を証しする教会であるように
イエス様に対する群衆の反応から、私たちもイエス様に出会った者としてどのようにイエス様をお迎えしたらよいか思い巡らそう。大声で賛美しながら大歓迎してイエス様を迎えた群衆は、5日後には、同じ口で、「イエスを除け」、「殺せ」と叫ぶようになる。もちろん、祭司長や律法学者など、ユダヤ人の指導者たちの背後からの働きかけがあったわけだが、結局彼らと同じようになっていく。移ろいやすい人の心の弱さやもろさが表れている。そして、これは、私たち教会の姿でもある。初めから主イエス様に反対する人々ではなくて、イエス様を歓迎した群衆の中にも、あっけなくイエス様を裏切る人々が大勢いた。教会の中にもイエス様を歓迎して受け入れても、離れて行く人々が出てくるかもしれない。ヨハネは、私たちの罪深さ、不誠実で不真実な姿をまざまざと見せつけながら、そんな私たちのためにイエス様の十字架と死と復活があったことをはっきり示している。ヨハネは、この福音書を読む人々が、自らの罪深さ、不誠実さに気付いて悔い改めて、イエスが神の御子キリストであることを信じるようにと願っている。