5/31 ヨハネの福音書15章4-8節「主イエスにつながって歩もう」飯田 岳 師
今回のオープンチャーチ礼拝は、「主イエスにつながって歩もう」というテーマで
す。キリスト教信仰の本質は、一体何でしょう。今回はイエス・キリストというお方
についてお伝えしたいと思います。
今日開いた言葉はヨハネの福音書15章で、この中でも特に5節に目を留めます。
これはイエス・キリストが言った言葉です。ヨハネの福音書の中にはイエスが「私は
◯○です」という自己紹介をする言葉が7回あります。その中でこれは最後のもので
す。「わたしはぶどうの木。」今日はこれを取り上げます。
1.私たちはぶどうの木につながる枝
ヨハネの福音書には7回イエスが自己紹介をすると言いましたが、ぶどうの木とい
う言葉の時には「あなたがたは枝」とも言われています。この節はイエスが誰かを伝
えるだけでなく、私たちが何者であるか、私たちがどのようにイエスさまと関わるべ
きかを教えています。・・・皆さんは、ぶどう狩りはお好きですか。好きなものを選ん
で、ハサミで枝を切ります。一旦ハサミでふさを切ったならば、「あ、やっぱりこれ、
要りません」ということはできません。なぜなら切ってしまったら、その実の成長は
終わりです。
2.「イエスは主」という信仰告白
参照:ローマ10:9 新約聖書でクリスチャンの入り口として明示されるのは「イエ
スは主です」という信仰告白です。「神さまを信じています」という人は多くいます。
しかしキリスト教信仰はイエス・キリストが門なのです。イエス・キリストを信じる
という告白が、人をクリスチャンにします。
主とは、神ということです。私の神、私の人生の中心・導き手・救い主という意味で
す。この告白をした時に、人はクリスチャンになることができます。
3.本質は木にある
ぶどうを収穫する際に、ハサミで切ったらそれ以上実は成長しない、その時点で枝
は死んでしまうという話をしました。木から切り離されては、その枝はもう死んでい
ます。枝や実は、木と繋がってこそ、いのちとつながっています。
クリスチャン信仰の本質は、私たちのうちにあるのではなく、むしろイエス・キリ
ストのうちにあります。この方のうちに、信仰の喜び、神の愛、神の平安、それらが
満ち満ちているのです。ですから、今日の私のメッセージの結論はとてもシンプルで
す。「イエスさまとつながってください。」
