7/19 ローマ人への手紙2章17-29節「主が見ておられるもの」小池 宏明 牧師
ローマ人への手紙2章の後半は、ユダヤ人の罪について取り上げて、救いの必要性
について教えています。
*すべての人には福音が必要
パウロは、律法を受け継いできたユダヤ人であっても、律法の教えに従って生きる
ことができないのならば、福音による救いが必要であることを示しています。ユダヤ
人以外の民族においても、神の律法(御ことば)を知らないのであれば、神の御心に
かなった生き方をすることができないので、救いが必要なのです。人間はそれぞれの
民族が受け継いでいる習俗や形式な儀式に支配されることなく、神のことばに照らさ
れ、真の救いへ導かれていく必要があるのです。
*信仰と行いの不一致に対する警告
ユダヤ人は律法を持ち、神を誇る民として自負していましたが、パウロは「他人を
教えながら、自分自身を教えないのか」と問いかけています。律法を知り、正しいこ
とを語っていても、実際の生活がそれに伴わなければ、神の御名を汚すことになって
しまいます。この指摘は当時のユダヤ人だけでなく、聖書を信じ、福音を語る現代の
クリスチャンにも向けられているのです。信仰は口先の告白にとどまらず、信じてい
る御ことばに従う生活として現れてくるものだからです。
*主が見ておられるのは、一人ひとりの心
パウロは、外面的な割礼や宗教的儀式そのものが人を救うのではなく、御霊による
「心の割礼」こそ大切だと教えています。神様は人の外見や肩書きではなく、心と魂
を見ておられるからです。それゆえ、聖書を信仰と生活の唯一絶対の規範として受け
入れ、御ことばに聴き、聖霊によって内側から変えられていく歩みが求められいます。
私たちは御国に至る途上にある者です。神様の救いの約束を信じ、心を見ておられる
主を仰ぎながら歩むよう招かれているのです。
