2/1 創世記3章8-24節「キリストの犠牲によって」小池 宏明 牧師

創世記3章は、この世界に悪が絶えない根本的な原因を教えています。それは、最
初の人アダムとエバが主なる神様のご命令を破って、神様から離れてしまったからで
す。しかし、それでも主は二人を憐れんで下さいました。
*皮の衣を与える主なる神の愛
21 節「 神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作って彼らに着せられた。」
主なる神様ご自身が、皮の着物を作って、罪を犯した二人を覆って下さったのです。
ヘブル語で「覆う」とは「贖う」と同じ言葉を使っています。この出来事に救いの約
束を見ることができるという解釈があります。将来あらわれるメシアを予兆するもの
と言われています。これは、新約時代になって、神の子羊、イエス・キリストの身代
わりの死を暗示させるのです。愛するひとり子の神キリストを送って、血を流してま
で、反逆した人間の罪を覆ってくださる、そんな父なる神様の御愛が示されているの
です。キリストを「着る」と言う表現が新約聖書の中にあります。ガラテヤ人への手
紙3章26-27 節「3:26 あなたがたはみな、信仰により、キリスト・イエスにあって
神の子どもです。3:27 キリストにつくバプテスマを受けたあなたがたはみな、キリス
トを着たのです。」どうぞ、キリストを着て下さい。自分が裸であることに気付き、自
らの罪や恥や、弱さのすべてをさらけ出す時、恵み深い天の父なる神様は、愛するひ
とり子を犠牲にして切り開いた「救いの道」を、私たちに示してくださるのです。あ
なたを優しく覆って下さるのです。罪深い私やあなたを、力強くかばって下さるので
す。
*ささげものの歴史とキリストの犠牲
人間の始祖である二人が罪を犯した後も神様は交わりを断つことをせずに、語りか
け、さばきのことだけではなく、救いの方法を教えて下さいました。それゆえ、罪を
犯したらそれで終わりではなく、赦しと救いの道があるのです。やがて来られる救い
主メシアに対する大きな希望を持って、罪を悔い改めつつ、この身をささげながら、
来たるべき神の国を待ち望みながら、信仰生活を送ることができるようになったので
す。今日に続く、私たちキリスト者の信仰生活へとつながっているのです。