2/15 ローマ人への手紙5章12-21節「アダムは来るべき方の雛形」小池 宏明 牧師

ローマ人への手紙はイエス・キリストの使徒パウロがキリスト教の教理をまとめた
内容です。この手紙の大切なメッセージの一つは、「信仰義認」です。信仰義認とは、
イエス・キリストを信じることによって義(無罪)と認められるということです。
*アダムの不従順(人間の罪の大きさ)
人類始祖アダムとエバは、エデンの園を管理しながら、日々創り主なる神様との「い
のちの交わり」を持っていました。ところが、ある時、アダムとエバは、不従順な行
いをしてしまいました。神様が禁止していることを行ってしまったのです。その結果、
罪が入り、死が入ったのです。アダムが全人類の代表としての立場になっているので、
私たち人類は生まれながら罪を持つ、神様から離れた存在となってしまいました。そ
して、モーセの時代に律法(十戒)が示されて、人々は明らかな罪の自覚を持つこと
ができるようになりました。
*キリストの従順(神様の恵みの深さ)
この世界と人間を創られた神様は、あわれみ深いお方です。それで、この人間の罪
の問題を解決するために救い主、イエス・キリストをこの世界に遣わして下さいまし
た。14 節の後半に「アダムは来たるべき方のひな型です。」とあります。来たるべき
方とは、イエス・キリストをあらわしています。神様は、アダムに代表される人間の
罪を帳消しにするために、御子であるキリストを地上に送ってくださいました。キリ
ストは、すべての罪人のために、身代わりになって十字架にかかり、罪から来る刑罰
を受けて下さったのです。これはキリストが父なる神様に完全に従ったことを表しま
す。全く罪の無い神の御子キリストが、極悪人が受ける処刑方法である十字架に身代
わりにかかって、神様への従順を示して下さいました。その結果、救いの道が開かれ
たのです。
*選択権を人間に委ねられた神
アダムとキリストとを対比することで、この手紙の読者である私たちに、問い掛け
られていることは、「あなたは、自分の人生の主人をどちらにするのか!?」「満ちあ
ふれる恵みの賜物を受け取るのか?」ということです。アダムに属する者は、罪と死
の支配に留まることになるのです。しかし、キリストに属する者は、何の代価を払う
ことなく、罪からのゆるしと永遠のいのちをいただくことになるのです。