3/29 ヘブル人への手紙5章1-10節「自らをささげた大祭司キリスト」 小池 宏明 牧師

今日は受難週の始まりの日曜日(棕櫚主日)です。今回は、イエス・キリストの大
祭司としての一面を紹介します。
*大祭司に任命されるキリスト
ヘブル人(ユダヤ人)に宛てたこの手紙は、旧約聖書の律法をよく知っている人々
を宛先にして書かれたものです。旧約聖書では、大祭司になるためには、二つの資格
が必要でした。イエス様も同じ資格がありました。5-6 節「同様にキリストも、大祭
司となる栄誉を自分で得たのではなく、「あなたはわたしの子。わたしが今日、あな
たを生んだ」と語りかけた方が、それをお与えになったのです。 別の箇所でも、「あ
なたは、メルキゼデクの例に倣い、とこしえに祭司である」と言っておられるとおり
です。」父なる神様から神の御子としての直接召命を受けたこと、そして詩篇(110:4)
から「とこしえに祭司である」という預言がなされたことを見れば、イエス様が神様
から大祭司の召命を受けられたことが分かります。
*弱い人間としてのキリスト
7 節「キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができ
る方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに
聞き入れられました。」「キリストは、肉体をもって生きている間」とありますが、神
であられるのに人と同じ肉体を取って、地上で歩まれた期間のことを表しています。
弱さを抱えた人間としてのイエス様のお姿があります。イエス様は、十字架での処刑
が近づく中で、大きな叫び声と涙をもって父なる神様の御心がなされて、神様の栄光
が現れるようにと、敬虔な祈りをささげたのです。父なる神様はその祈りを聞いて、
イエス様の祈り求めの通り、神の栄光を表わして十字架による救いという御心を実現
してくださいました。イエス様は神の御子でありながら、人となって地上に来て下さ
いました。しかも、弱さをかかえた人間が大祭司になるという資格に合致したのです。
*永遠の救いの源である大祭司キリスト
主イエス様は、神の御子であられるのに、人間の弱さ、人間の苦しみ、人間の苦痛
をすべて、完全に味わい尽くされました。神であられるイエス・キリストは、私たち
人間と同じ目線になるように、自らを低くして下さいました。このキリストに聞き従
う者は、誰一人例外なく、永遠の救いを受け取ることができるのです。(9節)