6/8(五旬節) ヨハネの手紙第一2 章10 節~3 章 2 節「御子キリストのとりなし」 小池 宏明 牧師

2 章1、2節「私の子どもたち。私がこれらのことを書き送るのは、あなた
がたが罪を犯さないようになるためです。しかし、もしだれかが罪を犯した
なら、私たちには、御父の前でとりなしてくださる方、義なるイエス・キリ
ストがおられます。この方こそ、私たちの罪のための、いや、私たちの罪だ
けでなく、世全体の罪のための宥めのささげ物です。」ここで、ヨハネは、教
会に集っている人たちに、愛情を込めて「私の子どもたち。」と呼び掛けます。
そして、子どもたちが神様の聖さに近づいて、罪を犯さないようになること
を願っています。
*最強の弁護人イエス・キリスト
それでも、罪を犯すことがあります。救い出された後で、罪を犯さないよ
うに願っていても、さまざまな誘惑に負けることがあります。それでも、心
配しないで下さい。私たちには「父なる神様の前でとりなしてくださる方」
がおられるのです。クリスチャンたちは、最高、最強の弁護人を側に付けて
います。「義なるイエス・キリスト」です。神様の御前にあっては、罪ある者
が罪人の弁護などできるはずがありません。さらに、この弁護人、義なるイ
エス・キリストは、自ら、なだめのささげ物になられたのです。罪を犯した
人間に向けられる父なる神様の怒りをなだめるために、弁護人自らが犠牲に
なられたのです。完全に義なるイエス・キリストご自身が、身代わりに処刑
されて、とりなして下さったのです。だから心配しないで罪を犯そうと言っ
ているのではありません。
*主イエス様の愛と恵みの中を生きよう
私たちは、主なる神様、イエス様との関係が深まり、その愛と恵みが分か
れば分かるほど、罪を避けようとしますし、自分の罪に気付いたなら、正直
に神様に告白する祈りをささげるようになります。それでも、父なる神様の
目から見れば、私たち人間が気付かない罪があります。神様に祈って告白す
る機会がない場合もあります。しかし、例えそうでも、義なるイエス・キリ
ストが父なる神様に執り成して下さるのです。ですから、過去の罪はもちろ
んのこと、今現在犯してしまう罪、将来に犯してしまうかもしれない罪に至
るまで、救い主イエス・キリストのゆえに、すべて赦されるのです。キリス
トの血は、過去・現在・未来の全ての罪から私たちきよめて下さいます。
この救いの確信と、主のご愛に感謝して、大いに喜んで、神と人々に仕え
て歩んで参りましょう。