7/12 エペソ人への手紙 5章1節~10節「偶像礼拝の真実の姿」勝本 正實 師
* 異教・異文化の中で生きる課題
日本社会は神道・仏教・民俗宗教の影響を受けており、年中行事や人生儀礼、そし
て日本人の価値観の中にも宗教的背景が深く入り込んでいる。そのため、キリスト者
はこの社会で生きる中で、偶像礼拝とは何かを正しく見極める必要がある。
* 偶像礼拝の定義
偶像礼拝とは、「神でないものを神のように礼拝し、従うこと」である。正月やお
盆などの伝統行事に宗教的起源があるとしても、それだけで直ちにすべてを偶像礼拝
と決めつけるのではなく、現在それがどのような意味を持っているかを判断すること
が大切である。
* 身近な偶像の危険
エペソ書5章では、不品行、無節操、尽きない欲望も偶像礼拝として語られている。
仏像を拝んでいなくても、欲望のままに生きるなら、それは「欲に仕える」ことであ
り、偶像礼拝となる。偶像は外側の宗教行為だけでなく、私たちの日常生活の内にも
潜んでいる。
* 異教的習慣への向き合い方
葬儀、法事、焼香、七五三、厄払いなど、宗教的背景を持つ習慣に対して、すべて
を受け入れることも、すべてを拒否することも適切ではない。大切なのは、それが真
の神でないものを神のように崇める行為になっているかを見分けることである。
* 偶像の根は心にある
偶像は人間の願いや欲望から生まれる。人は自分の必要や欲望に応じて神を求め、
時には真の神さえ自分の願いをかなえる道具のように扱ってしまう。したがって、他
宗教を批判する前に、自分の心の中の偶像を見つめる必要がある。
* 結論:主に喜ばれることを見分ける
信仰は願い求めることから始まるが、やがて神に委ね従う歩みへ進まなければなら
ない。キリスト者は欲望に支配されるのではなく、「主に喜ばれることは何か」を見分
け、光の子として生きることが求められている。
