7/13 ヨハネの福音書4 章7-26 節「心の渇きを覚える時に」 小川 真 師(国立キリスト教会牧師)
「イエスは答えられた。『この水を飲む人はみな、また渇きます。しかし、
わたしが与える水を飲む人は、いつまでも決して渇くことがありません。わ
たしが与える水は、その人の内で泉となり、永遠のいのちへの水が湧き出ま
す。』」(ヨハネ4:13-14)
井戸の傍で、渇き、疲れて座り込む人。それはイエス・キリストでした。
その井戸へ、人目を避け、わざわざ灼熱の時間に水を汲みにやって来たサマ
リアの女。イエス様は女に、「私に水を飲ませてください」と声をかけます。
女は、イエス様との会話を続けるうちに、人目を避けて生きてきた自分の姿、
渇きを覚える自分の姿に気づいていくのです。ではあなたは、どのような心
の渇きを抱えているでしょうか。
ここで突如、イエス様は女に言われます。「あなたの夫をここに呼んで来な
さい」。ここまでの「渇き」の話とどのようなつながりがあるのでしょうか。
実は、女には夫が五人あったが、今一緒に住んでいるのは夫ではなかったの
です。彼女は男性に愛される事で、自分の渇きを満たそうとしていたのでし
た。私たちは何かで心の渇きを満たそうとします。しかし、私たちの心に本
当の満たしを与えるのは、神の愛だけなのです。哲学者パスカルは言いまし
た。「人の心の中には、神が作った空洞がある。その空洞は創造者である神以
外のものによっては埋めることができない。」まさに父なる神は、永遠の愛を
もって、あなたのことを愛しておられるお方です。
イエス様は、私たちが、本当の神の愛をもっともっと知ることができるよ
うにと、私たちを礼拝に招いてくださいます。イエス様は十字架で「わたし
は渇く」と言われました。イエス様は、私たちが本当の満たしを受けるため、
私たちの代わりに渇きの杯を飲みきられたのです。それゆえ私たちは、イエ
ス様にあって、本当の満たしをいただくことができます。
神は、私たちのことを愛してくださっています。永遠の愛で私たちを満た
そうとしてくださっています。では私たちは、そのような神の愛の語りかけ
をどこで聞くのでしょうか。それがまさに礼拝なのです。愛ゆえに十字架に
ご自身を献げてくださったイエス様に、心からの感謝を献げます。
