8/30 ローマ人への手紙5章1-11節「救われた者の喜び」小池 宏明 牧師

本日の説教は、ローマ人への手紙5章1節から11節を通して、「救われた者の喜び」を
4つの面からお伝えします。
① 神との平和を持っている喜び
私たちは罪のために神様に敵対する者でしたが、イエス・キリストの十字架によって義
と認められ、神様との和解を与えられました。これは人間の努力や行いによるものではな
く、神様が御子イエス様の十字架の犠牲によって、その聖さのゆえに罪を赦さない神様の
怒りがなだめられて関係を回復してくださった恵みです。ですから私たちは、自分を誇る
のではなく、神様を喜び、キリストによって与えられた平和を誇る者とされているのです。
② 神の栄光に至る希望を持っている喜び
信仰者は今すでに恵みの中に立たされ、やがてキリストに似た者とされ、神様の栄光に
あずかる確かな望みを与えられています。この希望は失望に終わりません。なぜなら、聖
霊によって神様の愛が私たちの心に注がれているからです。目に見えない将来であっても、
信仰はその完成を確信させ、人生の終わりに虚しさではなく、神様との完全な交わりがあ
ることを示しているのです。
③ 現実の患難そのものにも喜びがある
患難はつらく、誰もが避けたいものですが、神様はそれを用いて下さいます。苦難は忍
耐を生み、忍耐は練られた品性を生み、練られた品性はさらに希望を生み出します。「忍耐」
とはただ「我慢」することではなく、神様の約束に向かって進み続ける信仰の姿勢です。
神様がすべてを益としてくださると信じる時、患難でさえ信仰を高め、希望を深める時と
なるのです。
④ 神の愛が注がれている喜び
神様は、私たちが強く正しくなった後に愛してくださったのではありません。まだ弱く、
不敬虔で、罪人であった時に、キリストを私たちのために十字架につけられました。ここ
に、見返りを求めない神様の完全な愛が明らかにされています。この愛に根ざしているか
らこそ、義と認められた喜びは揺らぎません。救われた者の歩みは、神様との平和、栄光
への希望、患難の中での成長、そして注がれた神様の愛を日々喜び、感謝し、その喜びを
生活の中で証ししていく歩みとなるのです。