6/28 詩篇73篇20-28節「私を諭して導き」鈴木洋宣師(守谷聖書教会)
詩篇 73 篇は、神を畏れない悪人が繁栄し、神に信頼して生きる自らが苦しみ、神
への信頼に虚しさを覚えた詩人の歌です。
詩人は苦難の中で神への信頼が失われそうになりました。(2節)悪しき者たちの繁
栄の様子を見たからでした。(3節)悪しき者たちの繁栄の様子が歌われています。(3
節~12 節)その一方で、詩人は神を畏れ、神に従う生活を送ろうとしていましたが、
打たれどおしで信仰が虚しく感じました。もしも口を開いたならば次の世代の者たち
の信仰をつまずかせる言葉を吐くことになると考えました。(13節~15節)この不条
理を理解しようとしましたが苦役となりました。(16節)
しかし、ついに詩人は神の聖所に入って悟ったのです。(17 節)悪しき者たちの最
後を悟りました。(18節~20節)しかし、それは二次的なことでした。彼自身の神へ
の信頼そのものに悟りが与えられました。(21節~28節)詩人は苦しみの中で絶えず
神とともにいましたが、それは主ご自身が詩人をつかんでいてくださったためでした。
(23節)神は詩人を諭して導かれました。(24節)詩人は、地の目に見える状況を神
の祝福としていましたが、神との交わりそのものこそ神の祝福、真の幸いとの悟りに
導かれたのです。「私にとって神のみそばにいることが幸せです(28節)」
こう導かれたのは「神の聖所に入って」でした。(17 節)主は苦難の中で神への
信頼が虚しく思うようになっている私たちをつかんでおられ、礼拝へ、神の前の静ま
りへと導いてくださっておられます。目の前の苦しみが大きく、祈れない時、聖書を
開けない時もあります。でも神は決して離さないのです。この主の導きの中で私たち
は地道に礼拝に来て、日々神との静まりを持ち続けていきましょう。そこで語られる
一つひとつの神の言葉に悟りをいただき、真の幸いを知らされ、永遠の祝福を待ち望
んで歩んでいきましょう。そして神を知らされ、神の御業を証していく者でありたく
願います。「あなたのすべてのみわざを語り告げます(28節)」
