1/19 マタイの福音書6 章 25-32 節「神はもっと良くしてくださる」 小池 宏明 牧師
イエス様は、山上の説教の中で、主なる神様を主人にして生きるように勧めてか
ら「心配するな」と語って下さいました。別の翻訳では、同じ単語が「思い煩う
な」と訳されています。
*思い煩うなと励ます理由
イエス様が「思い煩うな」と言われる理由は、第一に、自分のからだやいのちの
ことで思い煩うのは、神様への信仰が小さいからだというのです。(30 節)「今日
あっても明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのように装ってくださるの
なら、あなたがたには、もっと良くしてくださらないでしょうか。信仰の薄い人
たちよ。」主なる神様が私を生かし、守られていることに疑いを抱いていることに
なるのです。 第二に、心配しても何の益にならないからです。27 節「あなたが
たのうちだれが、心配したからといって、少しでも自分のいのちを延ばすことが
できるでしょうか。」自分がコントロールできないことで、思い煩っても徒労に
過ぎないのです。 第三に、まことの神様を知らない人々と同じで、何の証しに
もならないからです。食べ物や着る物などは、32 節「異邦人が切に求めているも
の」です。未信者への証しとして「救い出されている」と言うことは、「思い煩い
からも解放されている」ということなのです。
*思い煩わないために
イエス様は思い煩わなくてよいように教えて下さいました。第一に、25 節後半の
御ことばをよく味わっておくことです。「いのちは食べ物以上のもの、からだは
着る物以上のものではありませんか。」私の「いのち」や「からだ」は、両親を
通して神様が与えて下さったものです。一人ひとりの命を創造された主なる神様
が、ただで下さったものです。そして、地上の命だけではなくて「永遠のいのち」
も、救い出されたクリスチャンたちに、無償でプレゼントされているのです。私
たちは、与えられたいのちを十二分に活かして、定められた時まで、神様のご計
画のままに歩むだけなのです。 第二に、大自然の中に身を置くことです。イエ
ス様は、神様が創られた世界をよく観察しなさい、と勧めています。(26 節、28
節)また、30 節「今日あっても明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのよ
うに装ってくださるのなら、あなたがたには、もっと良くしてくださらないでし
ょうか。・・・」野原の草花でさえ、栄華を極めたソロモン以上に豪華に装わせ
て下さる神様が、私たちの人生をもっと良くしてくださるのです。そう信じて一
歩一歩神様に委ねながら、しっかりと歩んでいきたいのです。
