6/15 ヨハネの手紙第一2 章3-6 節「キリストのうちにとどまる」 小池 宏明 牧師

ヨハネがこの手紙を書いたころは、グノーシス主義が流行していました。
新キリスト教辞典では「グノーシス主義とは、ギリシア語で「知識」を意味
するグノーシス(gnosis)という語に由来し、知識を救済の手段とする多種
多様な宗派の総称である。」と記しています。イエス様を信じる信仰によって
救われるのではなく、知識を救いの手段にするというのですから、おかしな
話です。
*神を知っているなら
ヨハネは、当時、はやっていたグノーシス主義者を意識して反論している
のです。彼らは、「我々は神についての特別な知識を持っている!」と主張し
ていたと思われます。4 節「神を知っていると言いながら、その命令を守っ
ていない人は、偽り者であり、その人のうちに真理はありません。」「本当に
神を知っていると言うなら、神様の命令を守っているはずである」というこ
とです。現代人の中にも、「神を知っている」と言う人々がいるかもしれませ
ん。自分の中の神様、自分がイメージしている神様、一人一人別々の神様を
持っている、というようなことがあるかもしれません。しかし、神の言葉で
ある聖書に聴き従っている人こそ神を知っている人なのです。
*神のうちにとどまる
神のことばを守っている人には、神の愛が満ち満ちています。5 節「しか
し、だれでも神のことばを守っているなら、その人のうちには神の愛が確か
に全うされているのです。それによって、自分が神のうちにいることが分か
ります。」もし、私たちが神の栄光のためと願って、神のことばを守って生き
るなら、私たちのうちに神の愛が全うされるという恵みを頂くことになるの
です。ですから、神様のご愛に応えるために行動を起こしたとしても、結局
自分の成長という恵みになって帰ってくるのです。徹頭徹尾、神様は、私た
ち教会のために、信じる一人ひとりのために御業を成していて下さるのです。
私たちは神のうちにいることが明らかになっていくのです。6 節「神のうち
にとどまっていると言う人は、自分もイエスが歩まれたように歩まなければ
なりません。」もちろん、イエス様が歩まれたように、完全に同じように歩む
ことはできません。しかし、神であるお方が、人となって肉体を持ってこの
世界に来て下さり、その言葉と行動が記録されて、今でも語り伝えられてい
るのですから、私たちが見習うべき模範としてのイエス様の言動であると受
け止めて、イエス様の似姿を目指して精一杯努力させていただくのです。