12/14 コリント人への手紙第一4章1-5節「忠実に生きて主をお迎えしよう」小池 宏明 牧師
今朝は、アドヴェント(待降節)第三の主日を迎えました。今日の箇所では、
再び来られる主イエス様の御前で、私たちはどのように生きるべきかを示してい
ます。
*キリストのしもべは、奥義の管理者
コリント教会に手紙を記したパウロは、イエス・キリストから救い出された者
として生きていました。その生き方は、「キリストのしもべ」と「神の奥義の管理
者」としての生き方です。1、2節「人は、私たちをキリストのしもべ、神の奥義
の管理者と考えるべきです。その場合、管理者に要求されることは、忠実だと認
められることです。」しかし、コリントの教会の中には、パウロたちの生きた方を
認めないで、批判を繰り返す信徒たちがいました。
*人の評価は当てにならないし気にしない
パウロたちや私たちキリスト者は、しもべとして福音の管理者としてキリスト
に仕える者たちです。ですから、他人からの評価を受けたり、その評価を気にし
たりする必要はありません。また、他人の評価は当てにならないのです。自分自
身で自分の評価もできないのです。(3-4節)ところが、私たちは、この地上で生
きている間は、他人からの評価(さばき、審判)を避けられません。しかし、私
たちがしもべとして管理者として仕えているお方は主なるイエス・キリストなの
だという強い自覚が必要です。キリストが私たちに下す評価こそ最も大切であり、
他人や自分の評価など小さなことなのです。
*神からの称賛を期待して、主の来臨を待ち望めるように
5 節「ですから、主が来られるまでは、何についても先走ってさばいてはいけ
ません。主は、闇に隠れたことも明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかに
されます。そのときに、神からそれぞれの人に称賛が与えられるのです。」私たち
の主人であるイエス様は必ずもう一度来られます。必ず、主の再臨があります。
その時に、私たちの心の中の全てが明らかになります。そして神様の基準(律法)
で判決がなされるのです。
主イエス様が再臨されるときに、「よくやった、忠実なしもべよ」と称賛される
私たちでありたいのです。主は、私たちに称賛を与えるために来られるのです。
この世の闇路を照らす、まことの光である主が来られたことを心から感謝し、喜
びのクリスマスを迎えて参りましょう。
